もうしばらく生きてみようか
なので、畳(tatami) はイタリア人からすると複数形なので、
単数の畳を見るとtatamo と勝手に置き換えてしまう。”
(highlandvalleyから)
で、ここまで長々と書いて、ようやく冒頭の話にリンクするのだが、よくtwitterの良さを語る話を見ていて思うのだが、
「やれピザを頼んだだの、くだらない話を書いてる人もいるけど、そういう人は無視して、有益なことを書いている人だけフォローすれば良い」
みたいな話を見かけるのだが、これは大きな間違いだ。
それは冒頭で書いた、「情報を見るだけ」の人の論理だと思うが、それならtwitterなんてやらないで、まとめサイトや、最近出始めた情報のアグリーゲーションサイトだけを見れば十分だ。
何故かというと「有益な情報を発信している人が、くだらない話も書いている人も少なくない」からだ。
「くだらない話も書ける」ことにこそ価値がある。
人は何の理由もなく自分の知識をアウトプットするのは難しい。ホームページやblogに求められてもないことを書くのは、かなり難しいことで、鶏が先か卵か先かと言う意味でも、「あなたがわからないことを教えましょう」と、教えたい相手が目の前にいることは重要だ。
「情報を見るだけの人」は、このプロセスがネットに存在することに興味を持たない。与えられることに慣れすぎているからなのかは知らないが、適切な情報は、誰かが勝手に教えてくれるものだと思いこんでいるのだろうか。答えだけにしか興味を持たない。
いずれにせよ、プラモデルを組み立てようとせず完成品だけを求めるのが「情報を見るだけの人」だ。こういう人を増やすことがキャズムを超えるという意味だとしたら、ビジネスには有意義だが、インターネットの目指す道としては、それだけでは明るい未来があるものではない。iPhoneみたいにお金が動けばその限りではないかもしれないが。
”F’s Garage:【twitter話】ネットを使う人には2種類のタイプがある (via katoyuu) (via tkusano) (via head)
2009-08-14
(via gkojay)
#有益なことをつぶやこう →このハッシュタグつけてつぶやくのってすごいと思う
情報の押し売りみたいでさ
「問題発見」のための心構え”
1.「問題」は「何が問題なのか」を理解している人にしか発見できない。
2.「問題」は「問題があるはずだ」と思って探さないと発見できない。
3.「問題」は「想像力」がないと発見できない。(知識がないと想像できない)
4.「問題」は遠近高低前後左右上下表裏に視点を移動させないと発見できない。
5.「問題」は「ほぼ」「ほとんど」「など」というあいまいな言葉の影に隠れている。
6.「問題」は測定し数値化し比較しないと見えてこない。
7.「問題」は水面下にもっと大きな「問題」を隠している。
8.「問題」は解決した瞬間に次の「問題」を引き起こす。
(orochixから)
(riusampleから)
すっぱいりんごは皮を剥いて一日置いておくといい
畳の汚れは酢でよく落ちる
茶しぶは塩でみがくと取れるから心配しなくていい
黄 ばんだファミコンはマヨネーズで磨くといい
熱があるときは小豆のまくらで寝るといい
夏場の弁当は梅干を入れておくといい
頭 を打ったときのコブには砂糖水をつけるといい
茶殻は灰皿に入れておくと消臭剤の効果がある
あせもは海水浴で直る
渋柿は藁の 中にうずめておくと甘くなる
アロエの砂糖漬けは、やけどによく効く
窓ガラスは新聞紙で拭くときれいになる
クレヨンで描いた らくがきは、あて布をしてアイロンかければとれる
じゃがいもの皮で鏡を磨くと曇らなくなる
カーペットのほこりはゴム手袋で一気にとれ る
焦がしてしまったパンは冷蔵庫の脱臭剤になる
子供の発熱にはキャベツをかぶせるといい
唇の乾燥には蜂蜜を塗るといい
す べりの悪くなったジッパーにはろうを塗るといい
習字の墨はご飯と一緒に揉むととれる
押入れの湿気取りにはまるめた新聞紙がいい
砂 壁に洗濯のりをスプレーすると崩れにくくなる
灰皿に重曹を入れておくといい
日本酒は飲む前に瓶を振るといい
酸っぱい果物は りんごと一緒にビニールに入れておけばいい
ご飯を炊くときに梅干を2個入れると保存が効いていい
いちごのヘタを取るときはストローを 刺すといい ”
86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/04/20(火) 16:41:19.07 ID:JMYNNYFk0
十数年前に売った自分のだった。
(出典: sayusayukawaii、riusampleから)
志村へ
この手紙をもって俺のコメディアンとしての最後の仕事とする。
まず、俺の芸能人生を解明するために、DVDを買うようお願いしたい。
以下に、コントについての愚見を述べる。
コントを考える際、第一選択はあくまで「笑いを取れば勝ち」という考えは今も変わらない。
しかしながら、現実には若手芸人の多くがそうであるように、他人をバカにして笑いを取ったり、
素人にツッコミを入れるだけで内輪受けに走っている事例がしばしば見受けられる。
その場合には、企画段階から綿密な計算と準備が必要となるが、残念ながら未だ満足のいくコントには至っていない。
これからのコントの復活は、綿密な企画立案、それとライブの復活にかかっている。
俺は、志村がその一翼を担える数少ない芸人であると信じている。
能力を持った者には、それを正しく行使する責務がある。
志村にはコントの発展に挑んでもらいたい。
遠くない未来に、素人いじりや他人をこき下ろすコメディがこの世からなくなることを信じている。
ひいては、俺のネタを研究した後、計算された笑いの一石として役立てて欲しい。
リーダーは活ける師なり。
なお、最後に、 お笑い芸人でありながら、多数の人を泣かせて旅立ったことを、心より恥じる。
いかりや長介
”(do-nothingから)